名古屋地方裁判所 昭和44年(ワ)2342号 判決
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〔判決理由〕原告都の治療費
原告都は、本件事故により反応性精神病を発病したとして、これに要した治療費を本件損害と主張するから、以下この点につき判断する。
<証拠>を総合すると、原告都は事故後新興宗教等から信心の勧誘を受け信仰の道に入り、日夜仏壇に詣で、或いはお寺参りを欠かさなかつたが、昭和四三年秋頃から被害念慮、憑衣妄想等が生じて来たため、同年一二月一八日頃国立名古屋病院を経て松蔭病院の診察を受けた結果反応性精神病の診断を受け同日から昭和四四年四月四日まで同病院に入院し、退院後は同年八月頃まで同病院に通院したことが認められる。
ところで、本件事故における第一義的な損害は被害者の生命侵害であり、同原告の身体に対する侵害は間接損害を以て目すべく、また、右損害は被告にとつては所謂特別事情に基づく損害ということができる。しかし、本件において、特別事情に基づく損害について加害車の賠償範囲を画する限界を、加害車の予見可能性の有無により決するのは相当でなく、要は、右損害が本件事故と相当因果関係を有するかどうかにより、これを決するのが相当である。
そこで、同原告の反応性精神病発病の原因について考察するに、<証拠>を総合すれば、右は、本件事故による被害者の死亡がその一因であるかの如く窺うことができる。しかし、右証言によれば、同原告の右疾患は心因に由来する反応性のものであり、一般に、この種精神病は患者の保持する素因に何らかの誘因が加わつて顕在化するすなわち、素因誘因の両者があいまつて、発病するものであるが、両者の要因自体、十分な医学的解明がなされているものではなく、したがつて、また必らずしもその判別は容易でないうえ、発病についてはいずれを重要な因子とするかは一概に定め難いことが認められる。しかも、前掲各証拠によれば同原告の一つの症状である被害念慮は被害者の死亡とは関係ないこと及び、同原告は昭和四五年頃には一応全快していることが認められる。このような事実関係に、前認定にかかる同原告の事故後の生活歴及び、一般に、交通事故により愛児を失つたことに起因して反応性精神病を発病した母親の事例の如きは決して多いとはいい得ないこと等を彼此対比して考察するときは、同原告の発病は、本件事故――被害者の死亡――が、誘因になつたものとは、にわかに断定し難いものがあり、ひつきよう、右は、他の諸々の要因と本件事故とが錯綜触発して遂にこれを惹起せしめたものと推認するのが相当である。
以上の如きとすれば、本件事故と同原告の反応性精神病との間に相当因果関係の存在を肯認することは困難である。してみると、同原告が前記精神病治療のために治療費を出捐したとしても、これを本件損害として被告に対しその賠償を求め得べき筋合ではなく、したがつて、同原告のこの請求は理由がないが、このことは、後記(六)の慰藉料の算定につき斟酌することとする。(可知鴻平)